日常生活の中で常に書き込まれ続ける暗示

「自動車購入の価格交渉をする模擬実験では、硬い椅子に座った被験者はディーラー相手に強硬な交渉をし、ソファに座った被験者は価格の引き上げに柔軟に応じた。やわらかな感覚は、気持ちまでやわらかにするのだ」。

拙著『ポスト構造主義っぽく読み解いてみた! 〜「意識が消えてしまった世界」で「適応的無意識」を操る最強の技術 催眠〜 下巻』に書いた『文藝春秋SPECIAL 2017夏』からの引用した文章です。こういった現象は行動経済学などで「プライミング効果」と呼ばれ、特に感情面での効果について、「感情プライミング」と呼ぶこともあります。

この「椅子の硬さ」以外にも多種多様な現象がプライミング効果について行われていて、人間の日常の思考や判断の結果が、実は合理性や論理性などにおいてかなり怪しいことがよく分かる結果となっています。

吉田かずお先生の考える催眠は「変性意識状態の人間の無意識に暗示の形で命令を書き込む総合的な技術」ですが、それを催眠術師が行なうだけのことに限っていないので、上の「椅子の硬さ」によって「硬いイメージ」が無意識に書き込まれ、それが現実の人間の言動に影響を及ぼすという「現象」でさえ、「催眠」の範疇に入っていることになります。

もちろん、この「硬いイメージ」が無意識に書き込まれるためには、その人物が変性意識状態になっていることが条件になります。けれども、各種の催眠誘導、たとえば、凝視法や驚愕法、身体動揺法などと同じ原理で、人間は日常でも頻繁に変性意識状態になっています。催眠術師によって作り出される変性意識状態より、不安定で浅く、短い時間だったりしますが、確実に頻繁に変性意識状態になっているのです。

そのように考えると、人間は日々暗示をどんどん書き込まれるものという前提で暮らすことが必要になります。その中で、自分にとってより望ましい暗示が、できるだけ頻繁に、できるだけ深く入るように心がけることが、実は、催眠技術の最大の活用法と考えることができるのです。