「もっともっと彼を好きになりたい」という依頼

取引先の休憩室に行ったら、見知った若い女性スタッフが嘆息しながら、缶コーヒーを飲んでいました。スマホを見ては頭を振ったりして、憔悴している感じがしました。「なんかあったの?聞いて良いんなら聞くけど」というと、彼女が話し始めました。

「今付き合ってて一緒に暮らしている彼氏なんですけど、すっごく私のことを好きでいてくれるんです。なんか拘束してくるような感じじゃなくて、私のことを、なんていうか尊重してくれる、とってもいい奴なんです。けど、この前、人数合わせで頼まれて、合コンのような感じの飲み会に行ったら、酔った勢いでやらかしちゃったんです。その…、来てた男の子と…。あ~、もう。それから『なんであんなことしちゃったんだろう』って自己嫌悪が凄くて。悩みぬいて、頭の毛も抜けるほどに悩んで、とうとう彼氏に言ったんです。そうしたら、『なにか悩んでいるみたいだから心配してた。僕の気持ちは変わらない。ちゃんとそういう風に言ってくれる君が好きだ。』って言われたんです。有り得ないぐらい良かったんです。分かってます。けど、罪悪感て言うか良心の呵責っていうか、凄くて。もっと私も彼のことを彼氏しか目に入らないぐらいに好きになりたくて…」。

ノロケかとちょっと疑ったのですが、泣きじゃくり始めた彼女の様子に余裕はありませんでした。催眠技術なら人を好きにするのも簡単にできます。早速、「彼のことばかりしか考えられないぐらいに好きになればいいんだね」と依頼の意向を確認しました。

「彼から来たLNEのメッセージで一番彼の素敵な感じが滲み出てるやつを出して、じっと見ながらその文章を呟いてみて。2回か3回ぐらい」と言いました。

その後、吉田式呼吸法で誘導したらとても深く入りました。メッセージの文章を反芻させて、「そんな彼がもっともっと好きになる。人生の大切な一部だ。もう二度と巡り逢えないぐらい大切な人だ。すぐ帰って彼に会いたい。彼の声を聞きたくて仕方がない」と暗示を入れました。

覚醒させると、彼女はフラフラしながら机に戻り、ドタバタと書類を片付け、憑かれたような様子で会社から駆け出して行きました。彼女と親しいスタッフ数人が、雨の中、傘も差さず走り去った彼女の後姿を見て、「石川さん、あいつ何かあったんスか」と私に迫ってきました。