ミルトン・エリクソンの実践例:自分はイエス・キリストだと主張する男性のケース

ミルトン・エリクソンの実践例には一見奇天烈でおかしなものがたくさん見つかります。しかし、そこにはエリクソンの鋭い観察眼と深い広い知識と見識、そして解決策への閃きが常に存在しているように思えます。今回はオハンロンの『ミルトン・エリクソン入門』の中で私が一番お気に入りの実践例を紹介します。

「エリクソン、州立病院で、自分をイエス・キリストだと主張する患者に近づき、君には大工の経験があるんだってね、と声をかけた。イエスの父、ヨゼフが大工であり、イエスには当然父を手伝った経験があったわけだから、患者は、はい、と答えるしかなかった。またエリクソンは、君は仲間の役に立ちたいと思っているんだってね、とも言った。患者はこれにも、もちろん、と答えた。そう聞いておいて、エリクソンは、病院には本棚が足りなくて作らなくちゃいけないんだが、君は手伝ってくれるかい、と尋ねた。患者は同意し、症状行動の代わりに、建設的な活動に参加し始めるようになった」

これはエリクソンの治療や催眠に、患者自身の現在の問題や症状、頑なな信念や妄想、頑なな行動パターンなどが利用されていた事例として紹介されています。このように患者の既存の状況を利用することを「ユーティライゼーション」と呼んでいます。

吉田かずお先生も、よく「『後催眠暗示は1週間もたたないで消えてしまう』という催眠術師が要るがそんなはずはない。元々本人が受け容れやすい暗示を催眠術師が考えていないからそういう風になってしまうんだ」と仰っていました。

吉田かずお先生はアルコール依存症の人が「飲みたい」と強く思う気持ちを否定せず、水の入った瓶を酒だと思わせる暗示を入れて、たくさん瓶を用意してどんどん水を飲ませ続けたと言います。水をどんどん飲み続け、その間にアルコールを一切摂らないことで、その人物はアルコール依存症を脱したと言います。

相手の状況に逆らわず、寧ろ、相手の状況を利用して、深く相手の無意識に根付くような暗示を考えることの重要性を強く感じます。

☆参考書籍:『ミルトン・エリクソン入門