悪魔儀式を見出す退行催眠

先日『サタンがおまえを待っている』というドキュメンタリー映画を観て来ました。この作品の内容を一言で言い表すのは非常に困難なので、映画.comの紹介文を引用します。

「1980年にミシェル・スミスとその精神科医ローレンス・パズダーの共著として出版された『ミシェル・リメンバーズ』。『エクソシスト』『オーメン』などのヒットでオカルトや悪魔が注目を集めるなか、ミシェルは退行催眠のようなセラピーにより、心の奥深くに封じ込めてきた禁断の記憶を思い出す。それは、彼女が5歳の頃に悪魔崇拝教団に引き渡され、儀式に捧げられたという衝撃的な記憶だった。残虐な儀式の様子を詳細に描写した同書の内容はテレビのバラエティ番組やワイドショーでも取り上げられ、大きく拡散される。さらに、自分も幼い頃に儀式に参加させられたという告発が続出し、カトリック教会やローマ教皇、FBIをも巻き込んだ大騒動へと発展していく。」

ここに書かれた「退行催眠のようなセラピー」は、「退行催眠」そのものです。しかし、その時間量が想像を絶するもので1度の催眠状態も数時間に及ぶ退行催眠施術が高頻度で年単位で継続されています。その間、パズダーは執拗に悪魔儀式について聞き出そうとしており、そのプロセスがミシェルの中で悪魔儀式の記憶をより精度高く構築していくものだったことが分かります。

実はすべてはパズダー医師の名声欲によるもので、彼は『シビル』という映画作品で精神科医が多重人格者を治療する物語でを見て、自分もより刺激的な内容で有名になろうとしたのでした。『シビル』のノンフィクション原作の邦題は『失われた私』で1973年に発表されています。16の人格を持つ解離性同一性障害のアメリカ人女性シビルを精神分析医ウィルバーが治療した記録です。この作品は刊行後数ヶ月間もベスト・セラーになり、1976年にはサリー・フィールド主演で映画化、2007年にはジェシカ・ラング主演でテレビドラマ化されているほどに、社会的ブームとなっていたことが分かります。

二匹目の泥鰌である『ミシェル・リメンバーズ』も大反響を呼ぶことになり、パズダーは妻と離婚し家庭を捨て、ミシェルと再婚しますが、その後、事件の社会現象化に恐れ戦いて、彼女とも離婚し隠遁の道を選びます。

パズダーの元妻は、ミシェルが子供時代に住んでいたカナダの田舎町を調べて、1年半近くもミシェルも含む数人の子供監禁しつつ、動物や(人間の)赤ん坊をどんどん持ち込んでは殺して生贄にし、さらにそれを集団で食べるなどの好意を行ない続けるようなことがあれば、到底小さな町で誰も気づかない訳にいかないことという当たり前の事実に気づきます。ミシェルの学校のアルバムを調べると、そこには『ミシェル・リメンバーズ』に明記された日付を含む時期にも、ミシェルは校内の集合写真にはっきり写っているのでした。

後に映画『リグレッション』にも描かれるこうした悪魔崇拝者妄想は、20年にも及ぶ「サタニック・パニック」と呼ばれる社会的ヒステリー状態で全米を覆い尽くしました。このブログの記事『偽記憶を社会問題化したアイリーン・フランクリン事件』でも書いたアイリーン・フランクリン事件どころか、中には「両親がピザの配達員を玄関先で殺して、遺体をバラバラにして食べているのを見た」などという非現実的な我が子の証言によりあらぬ嫌疑をかけられて有罪とされた人々まで大量に発生しているのでした。

退行催眠そのものの信憑性の低さが全米に浸透するという結果を得ることに対して、大き過ぎる代償だったと思われます。

☆映画『サタンがおまえを待っている』(prime video)
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