「人間は意志判断、意思決定をしていない」という解釈も成り立ち、多くの研究者がいろいろな解釈を試みている衝撃的な結果を示した実験があります。1983年にカリフォルニア大学の神経生理学者リベット氏が論文で発表した「運動準備電位測定実験」です。
脳に「運動準備電位」を測る装置を付けた被験者に指を動かしてもらうという原理的にはかなりシンプルな内容です。この実験の状況は前野隆司博士の『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』の中で詳しく説明されています。運動準備電位は、運動の準備を無意識に始める際の信号のことです。実験の目的は、「意識」が「動かそう!」と「意図」する指令と、「無意識」に指の筋肉を動かそうとする準備指令のタイミングを比べるものです。
この実験結果の驚きで、書籍の中の前野博士の文章も口語に変わってしまっています。
「奇妙なようだが、心が「動かそう!」という「意図」を「意識」するよりも前に、「無意識」のスイッチが入り、脳内の活動が始まっているというのだ。心が「動かそう!」と思うのがすべての始まりなのではなく、それよりも前に、無意識下の脳で、指を動かすための準備が始められていると言うのだ。そんなばかな」。
詰まる所、意識は、何一つ決めてもいなければ判断もしていないと前野博士は言っています。すべては無意識が行なっていて、意識はその結果をみて、自分がやったこと、自分が決めたことだと錯覚の中で満足しているだけだと言っているのです。この実験の結果は、通常、「自由意思がない」と解釈されていますが、前野博士は(その論拠を説明した上で)それを「意識がない」と読み換えています。
実際の実験では…
a)「無意識的な電気信号(脳→筋肉)」
b)「意識的な決定」
c)「動作の開始」
のタイミングを測定すると、aからbまでに0.35秒、bからcまでには0.2秒の時間差があったと言います。bからcの間にたった0.2秒の間だけ、無意識が決めた行動に意識が「待った」を掛ける余地が残されているという解釈も成立するために、意識による決定が認められない訳ではないという考え方もあります。
これに対して、前野博士の考え方は、意識の判断であるbより無意識の判断であるaの方がかなり早く起きていることを重大視しています。また、仮にbとcの間で判断が覆ることがあったとしても、それさえも無意識の判断によって起こされた可能性も否定できないからでしょう。
無意識によってすべての判断結果と行動が決まるのだとしても、それも含めて全体で「自分自身の判断結果」と考えるべきだという主張もあるようです。いずれにせよ、無意識が人間の判断を左右する主要なファクターであることは揺らがないように思われます。この実験結果に対する思考を重ね、前野博士は有名な「受動意識仮説」を作り上げたのでした。
催眠技術は無意識のプログラミングを書き換える技術ですから、この実験結果は催眠術に関わる者の間でも広く知られているべき事柄のように感じられますが、催眠関係の書籍に運動準備電位測定実験についての記述が見つかることはあまりありません。
☆参考書籍『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』
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