ついにDVD化された『魔睡』

森鴎外が書いた催眠術を用いた性犯罪をテーマとした小説『魔睡』は1909年に発表されました。それから110年経った2019年に映画化がされて、今年1月にDVDが発売されました。

原作の物語は法科大学教授の大川の妻が磯貝医師によって「魔睡」を掛けられて性的暴行を受けた可能性を示唆する内容です。示唆するだけで断定されている訳ではなく、物語中の語り手が状況証拠的な事実からそのように推測している所までしか物語は踏み込んでいません。

それでも、森鴎外は当時の桂太郎首相から呼出しを受け、作品についての説明を求められたと言われています。それは官界などに関係の深い東大内科医がモデルであろうと噂になったからでした。実際に森鴎外の娘の小堀杏奴は「或る高名の医師が、当時(小堀杏奴を妊娠して)七カ月の身重であった母に魔睡を施した話である」と後に述べています。

「魔睡」という言葉は明治20年代に医学用語として用いられた言葉です。原作発表がされた1909年(明治42年)には「催眠」という言葉は十分一般化されていて、逆に魔睡と言う言葉は一般に知られていない特殊な言葉でした。敢えてその言葉を作中の登場人物にも語らせていることで、森鴎外はモデルが存在する小説であることを明確にしないようにしたのではないかと推測されています。

映画の方では語り手は登場しませんが、登場人物は基本的に同じ設定で、濃厚な性描写があるため「R-18」指定となっています。その性描写の行為が事実であったのか否かは劇中でも判然としません。描写は明確にされていますが、事実確認ができないままという意味では原作を踏襲していると言えるかもしれません。

原作発表の前年には「警察犯処罰令」が公布され、それから多くの催眠術を見世物とした興業も摘発が重ねられていた時代のことでした。それはその後長く続く、催眠術が社会的に信憑性を欠くものとして扱われる時代の始まりであったのかもしれません。