私どもは、詳しくは申せませんが、いわゆる「居酒屋」をチェーン展開している企業です。チェーンの店舗数は必ずしも多い方ではありませんが、業界では比較的歴史も長く、認知度も高いほうであると思っています。居酒屋で採用と言うと、アルバイト・スタッフの採用を連想されやすいかと思いますが、私が担当しているのは将来の店長やスーパーバイザー、本部での各種企画職などに就く新卒正社員の採用です。4年制大学の卒業生を新卒採用していますが、チェーンも拡大していく予定で、毎年20人から30人を採用目標に掲げることが多いです。
しかし、新卒採用において、飲食店、とりわけ居酒屋の業態は学生たちから3K職場の典型と認識されており、おまけに、身につくスキルもアルバイト・スタッフなみのように認識されている不人気業種です。実際には、弊社では職場の改善や育成体制の充実を通して、他社に比して学生の認識とかけ離れた望ましい状態を作っていると自負しておりますが、入社前の外からしか会社を見ていない学生にその実態を正しく理解させることは困難を極めます。飲食店の厨房やフロアでアルバイト経験のあるような学生は多くいますが、そのような学生の方がむしろアルバイトの業務で仕事追われてあくせくして苦労した経験がある分、マイナス・イメージが払しょくできないケースも多くあります。
実際に入社した後の1年以内の離職率は他社に比べてかなり低いので、社内の人事的な制度としては大きな課題を感じてはいません。ただ、入社前の学生達の弊社に対するマインド・シェアの向上は急務で、特に内定者の辞退する割合は、あまりに多く看過できない状態でした。
学生達は売り手市場の就活の中で、内定を集めて比較検討し、より良い条件やより良いイメージの業界に就職しようとします。その中で、私どもの業界は、或る意味、“滑り止め”や“当て馬”のように認識されていて、内定をこちらが出しても、学生たちがそれを受諾して入社に至る割合が極端に低いのです。内定者が結果的に足りなくなることを想定して、内定をたくさん出すことはできますが、仮にたくさん出した内定が全員に受諾されると、入社希望者がとんでもない数になってしまいます。しかし、企業は内定取り消しをする訳に行きませんから、全員を採用せざるを得なくなってしまいます。
つまり、受諾される確度の高い内定を出すことで、最終的な入社者数が読みやすいようにすることが、採用業務の中で非常に重要であるということなのです。同業他社ではもっと酷いと聞きますが、弊社でも、良くて内定辞退の割合は6割程度で、酷いときには8割近い学生が内定を辞退します。この状況をどうすべきか、弊社が契約しているコンサルタントに相談したところ、石川さんを紹介されました。
紹介の前に、「苦肉の策と言うことだから紹介するが、通常の手法ではないということは理解しておいてほしい。効果は多分出ると思うが、多分、その原理はよく分からないと思う。」というようなことをそのコンサルタントは言っていました。何かおどろおどろしい話を想像していましたが、初回の打ち合わせに登場した石川さんは、明るい表情で明快に催眠の原理を説明してくれました。石川さん本人も大学で就職に関わる授業を持っていたことがあるということで、こちらの課題についてもすぐに理解してくれました。
石川さんが提案してくれたのは、「催眠スピーチの原理で、弊社が持っている本来の魅力を、業界全体に対するネガティブ・イメージに左右されず、学生たちに伝え理解させる」というものでした。さらにその手法を弊社に合わせて組み上げて、その手法をそのまま、私たち採用担当者数名に教えてくれることで案件を終了するという申し出でした。元々、石川さんが他の案件の都合で、弊社の採用説明会に何度も参加することが困難という理由もあったようですが、このような専門性の高いノウハウを惜しげもなく開示して、部署の中で共有させようとするという形のご提案は、あまりに弊社側に有利過ぎて驚かされました。
石川さんは、飲食業で働くことで得られる具体的なスキルを私たちからヒアリングして整理する一方で、弊社が同業他社に比べて優れている育成体制やキャリアプランに関しても入念に理解するように努力していました。そして、その内容を学生たちに分かりやすい言葉で表現したスクリプトを作成して、弊社の了承を得るために提出してくれました。学生たちに長年接してきている私たちでも想像ができなかったような、学生目線の分かりやすい文章表現と、シンプルな話の流れに驚かされました。
石川さんの催眠スピーチ型の業界・会社説明は合計で3回行ないました。1回1時間半のスピーチは、初回から学生を惹きつけていましたが、回を重ねるごとに学生たちの前のめりな様子が明確になっていきました。1回20〜30名の参加者で、最終的に70名以上が受講しました。そして、その学生たちの内定辞退の割合は3割でした。弊社の経営者にも報告しましたが、役員全員、驚かない者は居ませんでした。
その後、石川さんはスピーチ・スクリプトの最終版を私たちに提示して、それを元にロープレ指導を2度ほど行ない、案件を完了しました。私たちがやっても、石川さんほどの内定辞退率の少なさには至りませんが、それでも、約半数以下程度の辞退率には抑え込むことができています。
石川さんには申し訳ありませんが、催眠スピーチという響きそのものに、人事部内部でも抵抗感を覚える者がいたのは間違いありません。けれども、その圧倒的な効果の前に、その後もこの手法を使い続けることに異議を唱える者は居ません。社内では「催眠」という言葉を使わず、「業界・会社説明会用新スクリプト」と呼称しています。
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