後催眠暗示が薄れる原理: 旅日記の喩え

吉田かずお先生の催眠技術の考え方、吉田式催眠観では、催眠施術によって書き込んだ暗示は半永久的に無意識に残り、効果を維持し続けます。

演芸催眠を行なう催眠術師を中心に、「後催眠暗示は入れてから最大でも2週間ぐらいで消える」というような説明をすることがありますが、吉田先生はこれに全く反対していて…、

「催眠施術は無意識に暗示を書き込んでそのまま残すのが前提で、そういうことができなければヒプノセラピーの効果を対象者に残すことができない。無意識に書き込まれる暗示という意味ではトラウマだってそうだが、何らかの施術をしなければ、ずっと残っている。2週間で消えるのなら、世の中の誰もトラウマに悩まされることがないはずだ」。

と仰っていました。

吉田式催眠観において、催眠施術で重要なのは対象者とラポールを形成すること、そして対象者が受け容れやすい暗示を用意して書き込むことです。ですので、吉田先生によれば、書き込んだ後催眠暗示が早々に消えてしまうのは、ラポールがきちんとできていなかったか、無理のある暗示を書き込もうとした結果であって、それはひとえに催眠術師の技術が低いからという解釈になっています。

しかし、現実にはいかにラポール形成を強固に行ない、相手が受け容れる暗示を用意しても、後催眠暗示が薄れていき、全く忘れ去られてしまうことがあり得ます。

それは、催眠術師より対象者が強く信頼している、つまり常時強いラポールができているような人物から別の暗示を上書きされてしまったりすることや、催眠術師が書き込んだ暗示よりもより納得性が高い内容の暗示が上書きされたりすることによって発生します。

つまり、催眠術師が書き込んだ暗示も吉田先生の言うように半永久的に残っているのですが、それに優先して処理される暗示が無意識に書き込まれてしまった状態と考えることができます。

その説明をする時に、昔、ひなびた旅館や民宿などに置かれていた旅日記に喩えることがあります。旅日記は旅館や民宿の廊下などに置かれ、宿泊客が旅の感想などをどんどん自由に書き込むノートです。同じページにも書き込まれて行きますし、場合によっては、既に書かれている文字に上書きされてしまうケースもあります。

誰かが細いボールペンで何かを書き込んでも、どんどん他の誰かが上から書き込んでいけば、下になった文字は最後には読めなくなってしまいます。同様に薄いペンの字の上に太いマーカーで書き込めば、すぐに他の字は読めなくなってしまうことでしょう。

人間は日常でも頻繁に変性意識状態になっており、無意識には常に暗示が書き込まれつづけていいます。催眠術師によるものではなくてもこうした暗示で人間の無意識が書き換えられてしまうことを吉田先生は広く「催眠現象」と呼んでいました。催眠術師が対象者に対してラポール形成をきちんと行ない、受け容れやすい暗示を案出して書き込むことは、無意識と言う旅日記のノートにデカデカと大きな字で暗示を太いペンで書き込むことであるのです。

☆参考書籍『伝説の催眠術師、吉田かずお先生からならったこと: 二年目の催眠感想文