文豪森鴎外が催眠犯罪小説を書いていることは、あまり知られていないようです。1909年(明治42年)に発表された『魔睡』です。
大学教授の妻が医師によって、診察中に催眠を掛けられ、猥褻な行為をされた可能性を示唆する物語です。妻にもその記憶がないままで、具体的に何が行なわれたのか、物語の中に登場しません。この小説は、長く物議を醸し、森鴎外は当時の首相から呼び出され事情を聴取されたほどです。
明治後期、世間には催眠術が玉石混交状態で溢れていて、警察が催眠術取締法制定を画策していました。陸軍将校の間で催眠術が大流行しており、1908年には、複数の将校が民間の子供を相手に催眠術を練習しようとして濫用し、一部が白痴に至りました。この事件は世間を騒がせました。今どきの警察官による不祥事どころではないインパクトだったことでしょう。
『魔睡』はこのような世情を背景にして出版されました。既に一般的だった「催眠」という言葉を使わず、その当時から20年も前に一部医学用語として使われていた「魔睡」と言う言葉の選択も強い意図を感じさせます。森鴎外の実娘、小堀杏奴は、この小説の教授が森鴎外自身のことであり、被害者は彼女を妊娠中の母であったと後に語っています。
今より、世の中に当たり前にありふれていた催眠術。軍の中枢でさえ使っていた催眠術。実は、戦前まで日本が“催眠大国”であったことが窺えるのです。
最近のコメント