メスメリズムの実態 ~メスメルの催眠誘導~

「彼女はメスマーの呼吸のリズムに従う自分の呼吸しか知覚しなかった。彼女は幼少時以来のあの懐かしいアーモンドの香りと、顔や体に触れる手の、ときに軽くときに強い動きしか感じず、その効果で外界から遮断された彼女は虚脱感と倦怠感に包まれて、長椅子の上に手足を投げやっていた」。

「『背に沿って長椅子があなたを支えます、支えています。その長椅子の中にあなたは沈んでゆきます。体が重く、瞼も重くなり、眠くなってきます。私といっしょに静かに息をして、自分の呼吸だけに気持ちを向けて、私といっしょに静かに眠ることだけを考えなさい。あなたはもう起きられません、体が重い、とても重いのです。私に合わせて息をします。私たちはいっしょに呼吸しています。あなたは眠りそうです。もうあなたはねむっているのです』。

『眠りの魔術師メスマー』の中の、後にメスメルの運命を左右することになる、盲目の音楽家マリア・テレジア・フォン・パラディスに対する催眠誘導の場面です。

メスメリズムと言うと、医師メスメルが行なった、桶や金属棒を用いた治療や手で患者に触れる治療が想像されます。しかし、実際に彼の催眠誘導を見ると、一般的な呼吸法そのものです。吉田かずお先生が得意とする吉田式呼吸法にも、原理は酷似しています。

さらに、上述の誘導場面のように、匂いまで用いています。メスメルは催眠誘導を、楽団を配置した部屋で行なうなどもしています。視覚情報は目を閉じさせて遮断することが多かったようですが、聴覚・嗅覚、そして触覚は、単純で一定の刺激を与え続けることで、飽和させたのだと考えられます。

英語では、一般的な催眠術(hypnotism)と区別されている、メスメリズム(mesmerism)ですが、実態は催眠施術そのものであったことが分かるのです。