「意識」がしている物凄く単純なこと

今から100年も前にフロイトは、人間が意識できる「意識」の下に「無意識」の世界があると考えて世界を驚かせました。その後の研究で「無意識」は思考や判断その他も含む人間の活動のほぼすべてを司っているスーパー・コンピュータだと理解されています。

では、「意識」は何をしているのでしょうか。犬や猫を見ると、「意識」があって、考えて行動しているような場面もあり、個体ごとの性格や思考パターンにも特徴があるように見えます。しかし、それが魚類になったり、昆虫になったり、さらに進化の道のりでより早くから登場していたような生物になると、機械的に「刺激」に対して「反応」を重ねることで生きているように感じられます。

つまり、「意識」は生物の歴史上、あとからできた、まだまだ歴史も浅く、本体の「無意識」に比べて、処理スピードも全くお話にならないぐらい遅い“機能”でしかありません。それが「無意識」の膨大で高速な処理に食い込む余裕など全くないのです。

無意識は多数の事柄を並行して高速処理していきますが、その結果をすべて記憶しておくことはできません。おまけに、必ずしもすべての処理結果が、合理的に説明がついたり、互いに整合性があったりする訳ではありません。そうすると、そう言った膨大な「無意識」の処理結果の一部をつじつまが合うように抜き出して、記憶しやすいような少ない情報量の「物語」として記憶させる必要が出てきます。この役割を果たしているのが「意識」だと考えられているのです。

つまり、「意識」に何かについて思考したり何かを判断したりする機能はありません。「意識」はたとえると、「無意識」が作り出した膨大な数10時間、数100時間に及ぶような大作映画の30秒予告編を作っているような機能しか果たしていないのです。そして、その大作映画の中身を自分で「意識」的に作ったように感じさせているのです。

「催眠術師は対象者の「無意識」にアクセスすることになるが、「無意識」の前には「意識」という番人がいて外部からのアクセスを阻んでいる。だから、「意識」が邪魔するのを逸らして催眠術師は上手く無意識にアクセスしなければならない。」

多くの催眠術師の催眠レッスンでは、このような説明が今でも為されていることには、驚かざるを得ません。