入れた暗示を忘れさせる「忘却催眠」の使い勝手

忘却催眠という言葉には二つの意味に用いられているようです。

一つは何かの記憶を思い出せないようにしてしまう催眠手法です。トラウマなどの望ましくない記憶への対処など、ヒプノセラピーで使われることも多いようです。もう一つは、催眠施術の最中に入れた暗示を覚醒後に思い出せないようにしてしまう催眠手法です。

たとえば、「あなたは部屋で夜になると、どうしても机に向かって勉強し始めてしまいます」という後催眠暗示を入れたとします。その暗示を入れたことを覚えていると、「あの暗示は本当に効くの」とか「もう夜になるけど、どういう風になるんだろう」などと、その暗示について考えたり疑ったりしてしまうことがあります。そうなると、後催眠暗示は一種の強迫観念ですから、自然と機能しなくなってしまいます。

吉田かずお先生は、入れた後催眠暗示を忘れさせることで、自然と後催眠暗示が発動することがよくあると言います。その内容どころか、それを入れたことさえ忘れさせてしまうことで、後催眠暗示の効力を上げるのです。

ただ、私はあまりこの意味での忘却催眠を使うことがありません。一番の理由は、吉田先生に比べて同じテーマでの施術回数が少ないことだと思います。何度も同じ対象者に同じテーマで施術することができるのなら、同じ後催眠暗示を何度も上書きして強化することができます。何度も会うので経過も見ることができます。

けれども、1回で終わらせなくてはならないなら、後催眠暗示が深く定着するかどうかを後で知ることができません。深く定着しない暗示に忘却催眠を加えてしまえば、単に効果が薄い暗示を入れた事実を忘れ去っただけになってしまいます。

相応の報酬をいただいて書き込む後催眠暗示のテーマは、本人が切実に望んでいることであるべきだと思います。であれば、後催眠暗示の内容を、その後、本人が自己催眠で強化していく方が問題解決の確率は圧倒的に上がります。また、その方が、フロー状態において無意識が心の問題を時間をかけて処理して行くことも期待できます。そのためには、対象者本人が後催眠暗示の内容をきちんと記憶していて、その問題に向き合う心構えが重要です。そうすると、おのずと忘却催眠が必要なくなってしまうのです。