2009年に書かれた、天才棋士羽生善治の思考方法を脳科学者らが詳説する『先を読む頭脳』という本があります。そこに登場する「逆算」と「順算」の思考法の対比は非常に示唆に富んでいます。
将棋の初級者は、或る局面を見ると駒の配置を確かめてどんな局面かをまず一旦理解し、その上で「飛車や角をなりこむ」などの目標を設定してから指し手を考えます。それに対して、羽生氏を含む上級者は、或る局面を見た途端にいきなりどんな状況かが分かり、目標設定なしに何をすべきかの結論を出すというのです。
これは達人の世界にだけ起こることではなく、原理的には、私達の日常でも起きることです。例えば初めての目的地に行くには、目的地と言う目標を決め、地図などを見て、道順を逆算して決めます。車のナビなどの設定と同じく、まず目的地を設定するのです。
しかし、慣れた行き先ならそうはしません。それどころか、行く先よりも用事単位で、道順などを考えずにも、いきなりどの道を行くか判断できます。例えば、「醤油が切れたから買いに行かなくちゃ」と考えたら、いちいち行きつけのスーパーの場所を意識しなくてもすたすたと歩き出すことができます。途中で道路工事の通行止めがあっても、考えることなくすぐさま迂回路を進むことができます。熟達者の思考方法は改めて指摘されると斬新に感じられますが、私達も各自の日常生活において熟達者と同じ思考ができているのです。
熟達することによって、無意識の判断の結果が適切・妥当なものとなる。これは、武道や華道・茶道などの稽古の反復によってできるようになることと同じ原理です。
前回の記事で書いたOODA LOOP において「暗黙の誘導・統制」が発生することで「意思決定」のプロセスが無くなる方が理想的で、意思決定は「経験が浅いときにのみ必要とされるにすぎない」とされていることと全く同じ原理であろうことが分かるのです。その意味では、OODA LOOPの登場によって初めて欧米では熟練することを通して無意識の、場合によっては非合理的な判断結果の適切さや妥当性が、漸く評価されるようになったと考えることができるのです。
その無意識の処理を編集する技術が催眠技術です。亡くなった吉田かずお先生が得意としていた「美女催眠」のように、催眠技術を用いれば熟練の無意識状態を効果的に実現することが可能であるのです。
★参考記事:『無意識の膨大な処理能力』
☆参考書籍:『先を読む頭脳』
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