報酬を少なく払って、仕事を面白くする

イソップ寓話の『キツネとぶどう』は非常によく知られた認知的不協和の事例です。高い場所にあるブドウの房を採ることを諦めたキツネは、「あれはまだ熟していないから取らなくて良いんだ」と呟いて、採りたかった気持ちとのつじつま合わせを図ります。

認知的不協和(認知不協和とも言います。)は、人が自分の中で矛盾する認知を同時に抱えた時に感じる不快を指しています。この不快感は非常に強く、人は無意識のうちに、事実とは異なる言い訳を言ったり、つじつま合わせの行動をしたりして、この矛盾を解消しようとしてしまいます。つじつまを合わせるためには、自分が持つ事実の認識でさえ、簡単にゆがめてしまうのです。

認知的不協和の研究で知られるアメリカの心理学者レオン・フェスティンガーは、実験台の学生達に、単調で面白くない仕事をさせて報酬を支払いました。そして、次に同じ作業をする学生にその作業の楽しさを伝えさせたのです。20ドル渡すと、学生達は次の学生達に、単調な仕事のほぼありのままの評価を伝えました。ところが1ドルしか渡されなかった学生達は、良い仕事だったと自分でも思っていて、次の学生にもそのように伝えたのでした。

1ドルしか貰えなかった学生達だって、本当は面白くない仕事だと感じています。けれども、面白くない仕事をさせられて、安いカネしか貰えないのでは割に合いません。すると、無意識的に学生達は「あの仕事は面白かった。だから安いカネでもやる価値がある」と自分自身を偽った認識に従わせようとします。本人達は負け惜しみとさえ思っていません。すべては無意識の中でほぼ自動的に決定されているのです。認知的不協和を解消するニーズはそれほどに強力なのです。

「働き方改革」で最低賃金も上がり調子ですし、有給休暇取得義務も、休んでいてお金を貰える機会が増えたのですから、実質的に賃金を引き上げたのと同じです。しかし、フェスティンガーの実験は、報酬を不用意に引き上げると、働き手のやる気を削ぐことを示しています。うつのご相談で施術を行なうことがありますが、この実験結果はそのような場合の暗示作りに対して示唆があります。