クラパレードによる潜在学習の発見

無意識の働きを研究した米バージニア大学のティモシー・ウィルソンの著書『自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学』にフランスの内科医エドワール・クラパレードが行なった健忘症患者に対する実験が紹介されています。

彼は訪問するたびに自己紹介しなくてはならない健忘症患者に対して、握手をする際に手の中に画鋲を隠しておいたのです。当然、握手すると画鋲が刺さって強い痛みを感じますが、健忘症によりその画鋲の存在も痛みも忘れ去られているはずでした。ところが…

「しかし、次にクレパレードがその女性を訪れたとき、彼女が彼を知っていると言う気配はまったくなかった。そこで彼は再び自己紹介をし、手を差し出した。しかし今回は、彼女は握手するのを拒んだ。彼女は以前にクレパラードに会ったことを意識的には想起することができなかったが、何らかのかたちで、この男性と握手するのは危険だということを「知っていた」のである。(中略)たとえば、彼女は六年間住んだ施設のレイアウトを意識的には思い出せず、どうしたら浴室や食堂に行けるかを尋ねても、答えることができなかった。しかし、彼女は、こうした場所のどこかに行きたいと思えば、迷うことなく直行できたのである」。

とクレパレードの実験・観察が明らかにしたのです。

ウィルソンはこのような、「学習努力や学習対象、学習過程についてはっきりとした自覚のない学習」を「潜在学習」と呼んで、健忘症患者のみならず、一般の健常者においても、子供の母語学習のプロセスなどは「潜在学習」に該当すると指摘しています。子供の母語学習は大人になるとなかなか再現できませんが、大人になっても多くの暗黙知の習得は同様のプロセスによると考えて良いでしょう。

寧ろ、クレパレードの実験を検証すると、反復された判断・行動のパターンと危険回避の体験については潜在学習が発生しやすいことが分かります。

催眠施術で暗示を書き込む際に、「その暗示を思い出せなくなる」という暗示も付け加えると、対象者は書き込まれた暗示を思い出せないにもかかわらず、当初書き込んだ方の暗示はそのまま実現します。これはウィルソンのいう「潜在学習」を催眠技術を用いて発生させているものと考えることができるのです。

☆参考書籍:『自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学