「医学の歴史には痛みを伴う病気を治すのに、痛みを感じる刺激や有害刺激を使った例が数多くある。(中略)
2011年、ドイツのクリスチャン・シュプレンガーらはヒポクラテスが使っていたような痛みに関する古くからの知識を、実証的に裏付ける論文を有力な医学雑誌に発表した。20人の健康な若者の腕と足に熱やその他痛みを感じる刺激を与え、その効果を脳計測器(リアルタイムで脳の写真を撮る機械)を使って調べたものだ。
最初の刺激で引き起こされた主観的な痛みの経験は、もう一度刺激を与えられることで弱まった。さらにオピオイド受容体遮断薬ナロキソンを与えると、この現象が起こらなくなった。このことから、痛みを与えらえると体から内因性の(つまり自分で作った)オピオイドが放出されることが示唆された」
米国の精神科医のアンナ・レンブケの著した『ドーパミン中毒』の傷みによる痛みの治療についての説明です。「痛み」を依存を起こすような刺激と考えると、繰り返されると痛みという刺激への反応が弱まって行くと考えられます。文中の「オピオイド」は麻薬性の鎮痛薬として有名ですが、それが新たに与えられた痛みによって体内で生成されて痛みを抑えるように働くメカニズムがあるということです。
嘗て、吉田かずお先生が若い頃、一人でスキーをしていて吹雪になりその中で転倒して腕を複雑骨折し、激痛に見舞われる中、ロッジまで歩いて帰らなくてはならなくなったことがあると聞きます。この時、吉田先生は自己催眠で痛みを抑えたと言っていました。普通に考えると、痛い部位について、自己催眠で「痛くない」、「何も感じない」などと暗示を書き込むことを考えます。しかし、吉田先生はもう一方の腕に「痛み」を分散し、両腕が痛いと感じるように暗示を書き込んだと言います。
なぜそんな暗示を入れることにしたのかと尋ねても、「そんな風に閃いた」と仰るだけで、私も「痛みの半分分け」の有効性が分からないままでした。しかし、このレンブケの説明を読んで、疑問が解消したように思います。激痛の患部について「痛くない」と現実を真っ向否定するような暗示を入れるよりも、両腕が痛いと感じる暗示の方が、圧倒的に入れやすいはずです。さらに、もう片方の腕が新たに痛く感じれば、体内でオピオイドが大量に生成されるはずだからです。
吉田先生は催眠技術には「アイディアとセンス」が大事だとよく仰っていましたが、この鎮痛の暗示の発想には驚かされます。
☆参考書籍:『ドーパミン中毒』
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